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東京地方裁判所 昭和31年(行)6号 判決

原告 加久田清正

被告 東京都板橋税務事務所長

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告は「被告が原告に対し昭和三十年八月十五日附でなした不動産取得税の賦課処分は、これを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、予備的に「被告が原告に対し昭和三十年八月十五日附でなした不動産取得税賦課処分の税額一七九、八九〇円を三〇、三〇〇円に変更する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり陳述した。

被告は東京都条例により東京都知事の有する不動産取得税の賦課権を分掌するものであるが、原告に対し昭和三十年八月十五日附徴税令書をもつて不動産取得税として一七九、八九〇円を同年八月三十一日迄に納付すべき旨の賦課処分をなし、右令書は同年八月二十五日原告に到達した。しかし不動産取得税は実質的取得者に課税すべきものであるところ、右令書に表示された不動産は公売により競落したものであつて、競落人の名義は原告であつたが、実質上の取得者は訴外字原留吉であり、被告は右の事情を知つていたのであるから、当然右訴外人に課税すべきであるにも拘らず、単なる名義上の取得者である原告に対して課税した本件賦課処分は違法である。又仮に原告が右の納税義務を負うものとしても、本件不動産の競落価格は一〇一万円であるから、税額は右取得価額に所定税率を乗じた三〇、三〇〇円であり、従つて本件賦課処分中右金額を超えて課税する部分は違法である。そこで原告は昭和三十年九月二十三日被告に対し異議申立書を提出し、更に同年十月十三日東京都知事に対して訴願を提起したが、いずれも応答がないまゝ三箇月を経過したので、本件賦課処分の取消を求め、仮にその理由がないときは本件賦課処分の賦課金額を三〇、三〇〇円に変更することを求めるため本訴請求に及んだ。

二、被告指定代理人は、本案前の答弁として主文第一、二項同旨の判決を求め、その理由として次のとおり述べた。

不動産取得税の賦課処分に関して不服のある者は地方税法第七三条の三三第一項の規定により、徴税令書の交付を受けた日から三〇日以内に異議の申立をなすべきところ、本件不動産取得税の徴税令書は昭和三十年八月十五日附で発付されており、従つて同条第三項の規定により、同年八月二十日には原告に到達したものとみなされるから、原告が同年九月二十三日になした本件不動産取得税賦課処分に関する異議の申立は、異議申立期間経過後になされた不適法なものである。また、原告は昭和三十年十月十三日附で訴願をなしているが、現行地方税法上、不動産取得税の賦課処分に関しては訴願の制度は認められていない。従つて本件訴の提起は何等正当な理由もないのに異議の申立を経ずになされたものであつて、行政事件訴訟特例法第二条の規定に反する不適法なものであるから、却下されるべきである。

次いで本案につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告の主張に対し次のとおり陳述した。

原告主張事実中、原告主張の不動産の実質上の取得者が訴外字原留吉であつて原告が形式上の取得者に過ぎないこと、及び被告が右の事実を知つていたことはいずれも否認するが、その余の事実はすべて認める。

本件不動産は訴外日本化工株式会社に対する国税滞納処分として昭和二十九年十月十二日に公売に付された際に原告が競落したものであつて、落札代金も同年十月十六日に原告名義で完納されており、不動産登記簿上も同年十二月十七日附で原告のため所有権取得が登記されているのであるから、被告が原告を本件不動産の取得者と認定し原告に不動産取得税を賦課したことは何等不当ではない。また、地方税法第七三条の二一第一項の規定によれば、不動産取得税の課税標準価格は、固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されている固定資産についてはその価格によるものとされているのであつて、本件不動産の昭和二十九年度固定資産課税台帳に登録された価格は、五、九九六、五〇〇円であるから、これに同法第七三条の一五所定の税率百分の三を乗じた一七九、八九〇円を原告に課税した本件賦課処分は適法なものである。

三、立証〈省略〉

理由

東京都知事の不動産取得税賦課事務を分掌する被告が、昭和三十年八月十五日附徴税令書をもつて、原告に対し不動産取得税一七九、八九〇円を同年八月三十一日迄に納付すべき旨の賦課処分をしたこと、及び原告が被告に対し同年九月二十三日右賦課処分に関する異議の申立をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

被告は、右の徴税令書の原告に到達した日が明らかでないから、地方税法第七三条の三三第三項前段の規定により、右令書を発送した同年八月十五日から四日を経過した同年八月二十日に原告が右令書の交付を受けたとみなすべきであるとし、同日から三〇日間の異議申立期間を経過した後である同年九月二十三日になされた前記異議申立は不適法である旨主張し、原告はこれに対し、本件徴税令書は同年八月二十五日原告に到達した旨主張するので、この点について判断する。

証人加久田富宏の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は視力が減退したため昭和三十年八月十日頃東京大学附属病院に入院し、その翌日手術を受けた上、同年九月上旬同病院を退院したが、入院中は原告の息子富宏が毎日病院を訪れて前日自宅に配達された郵便物や新聞等を読み聞かせていたところ、同年八月二十五日本件徴税令書が原告方に郵便で配達されたので、翌二十六日富宏はこれを病院に持参して原告に読み聞かせ、十五日附の令書が二十五日に来たとは随分遅れたものだと話し合い、その後同年九月十四日原告が板橋税務事務所係官に対し不服申立の方法及び期間を尋ねたところ同係官から令書到達の日時を問われた際にも、原告は八月二十五日と答えた、と言うのである。しかし成立に争いのない乙第三号証の記載及び証人松野九八の証言の一部によれば、板橋税務事務所において八月十五日に発送した不動産取得税徴収令書中、返戻されたものの大部分は同月十七日に返戻を受けており、最も遅れて返戻されたものは同月十九日に返戻された三通であつた事実及び同月二十九日に再発送された不動産取得税徴収令書中再び返戻されたものは総て九月一日に返戻された事実を認めることができ、右の認定を覆えす証拠は存しないのであつて、右の事実に原告方も被告事務所も共に東京都板橋区内に存する事実を合せ考えるときは、郵便配達が十日も遅れた事情につき特に立証されない限り、本件徴税令書が八月二十五日に原告に到達した旨の前記各供述は、いずれもにわかに措信し難い。そして他にこの点に関する原告主張事実を認めるに足りる証拠は顕れていないから、本件令書の具体的到達日時については証明がないと言わなければならない。

ところで本件徴税令書が八月十五日に発送されたことは証人松野九八、同椎津トミ及び同佐藤静子の各証言により明らかであり、他に反証はないから、本件令書は被告の主張するとおり八月二十日に原告に到達したものとみなすべきであり、従つて九月二十三日になされた異議申立は不適法であつて、結局本訴の提起は行政事件訴訟特例法第二条の規定に違反し異議の申立又はその裁決を経ずになされた不適法なものと言うべきである。

なお原告は東京都知事に対し昭和三十年十月十三日訴願を提起した旨主張するが、右の訴願が地方税法第七三条の三三所定の異議の申立を意味するとすれば、同条所定の三〇日の異議申立期間を経過した不適法なものであること、前段に説示したところと同様であり、また訴願法上の訴願を意味するものであるならば、地方税法が不動産取得税の賦課に関する不服申立の方法を定めた前記の規定は、訴願法第一条にいう別段の規程に該当するから、本件については訴願法の適用がない。従つて何れにしても右の訴願は不適法であつて、本訴提起についての訴願前置の要件を充たすものではない。

従つて本件訴は不適法であるからこれを却下すべく、訴訟費用は民事訴訟法第八十九条により敗訴当事者たる原告に負担させるべきである。よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 大和勇美)

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